海辺に住みたい設計士

海辺に移住するという夢に向かって日々奮闘。当面の目標は一級建築士取得。釣り好き。目に入ったもので「もっとこうしたらいいのに」という思いがネタの記事が多数。

響かない心

 

唐突で申し訳ないのだが、仕事がつまらない。

 

 

仕事量が多すぎるわけでもなく、すぐキレる上司がいるわけでもなく、給料が悪いわけでもない。

 

 

むしろ、2人目の子供が産まれたので仕事量は程よく抑えてもらい、人間関係もそこそこ良好、給料だって「自分の年齢 平均年収」とかネットで検索を掛けると大体ちょっと上回るくらいの金額をもらっている。

 

 

そんなありがたい環境にいながら、2021年現在、34歳で社会人になって10年目になる、いい大人の私が恥ずかし気もなく「仕事がつまらない」などとのたまう。

 

 

もちろんこの状態が正しいと開き直るつもりは全くない。

 

 

私だって、やる気に満ち溢れて精力的に仕事に取り組みたいと思っている。

 

 

なんとも言えない虚無感をもったまま働くことを肯定的に書くことはできない。

 

 

しかし、今の状況は虚無感を持ったまま働いている。

 

 

こんな状況をなんとかしたいと思いながら文章をスマートフォンで打ち込んでいる。

 

 

この文章を書いている今現在、「こうすればやる気がみなぎって仕事に励むことができるよ!」というようなところに帰結しよう、みたいな構成はまったく立っていない。

 

 

話は変わるが、私はKindleで本を出版している。

 

 

2021年12月現在で5冊ほど出版している。

 

 

素人でも元手0円で出来る上に、読まれると収益がでるので一度出版すればその後は不労所得となり、寝ていてもどこかの誰かが読んでくれれば収益が発生する仕組みとなっている。

 

 

もちろんそんな簡単なものではないことは、5冊出版して痛感するわけだが、そういう夢見る私を含めた初心者Kindle作家向けに書かれた、「本の書き方本」が世の中には溢れている。

 

 

そんな本にも書かれている定石は、「まず目次を書くこと」と大体書かれている。

 

 

おっしゃる通りだ。まずは骨格を整えてから肉をつけていく。ありとあらゆる文章の基本だと思う。

 

 

それに比べてこの文章はいかがなものか。

 

 

「仕事がつまらない」とだけ最初に書いて思ったことをただ書いていっている。

 

 

目次を生き物の骨と例えるなら、さながらアメーバのように歪で、大して重要でない部分をやたらと広げたり、本当に言いたいことを深掘りしなかったりするかもしれない。

 

 

こんな書き方をするのも、理由がないようで少しあるように思っている。

 

 

その理由は、私のように仕事にやる気が出なくてなんとかしたいと思っている人に、私が葛藤をして、いろいろ努力をしてなんらかの着地点に帰結する様が追体験出来ればいいと思っている。

 

 

そもそも本とは人の知識や経験を追体験するものである部分が強いとは思うが、どこまで感情移入でき、共感でき、明日への活力にできるか、というものだと思う。

 

 

かく言う私も色々な本を読んでいる。

 

 

特に最近は仕事のやる気が上がるような本をよく読んでいるが、まあ響かない。

 

 

ある本ではとにかく仕事は拒まず受け入れる、そして楽しくなくても楽しそうにしていればいずれ楽しいと思える仕事が舞い込んでくるとのこと。

 

 

至極まっとうなことを言っていると思う。

 

 

ただ、一応仕事はどちらかというと拒むことなんてほぼないし、人前でいる時は割とヘラヘラとしているが10年経っても楽しいと思える仕事に出会えていない。

 

 

ただ一人で仕事をしているときは、自覚できるレベルで腐った魚みたいな目をしているので、それが悪いのかとも思うが、結局成功者の成功した部分を切り取って見せられたような違和感を感じる。

 

 

またある本では、社会とのつながりを仕事によって維持できていて、それがなくなる怖さを語っていたが、全くピンとこず。

 

 

私は転職を5回しているので、割と無職の経験があるのだが、社会とのつながりがなくなることの恐怖など感じたことがない。

 

 

無職の期間は趣味の釣りに行ったり旅行に行ったりして、その経緯をブログにアップしたりすることを永遠とやっていた。

 

 

他にもツリーハウスのワークショップに参加したりと、お金を作らなくていいなら私は能動的にいくらでも動ける。

 

 

故に社会とのつながりがなくなったことなんて痛くもかゆくもない。

 

 

厳しいけど仕事が自分の居場所だ、なんかも書いていたから、自分が生き生きと活躍できる居場所が少ない人なのかとも思う。

 

 

私は仕事場以外の複数のコミュニティでは生き生きと活動出来ている。

 

 

家庭では3歳と0歳の2人の娘と遊ぶことに幸せを感じるし、学生時代の部活のメンバーを集めて定期的にバドミントンをしている。

 

 

さらに趣味の釣りも、釣り仲間と行くこともあれば、一人でいっても成立するコミュニティ?といってもおかしくない。

 

 

それ以外も友達や家族とアウトドアを楽しんだり、自分が心から笑える機会は割とある。仕事以外では。

 

 

また、ある本では経営者の仕事自慢みたいな本で、出先から帰る際に、電話で部下に仕事を振って帰るまでにひとつ終わらせておいてもらう。と言ったことをリモートコントロールなんちゃらとか言って自慢気に書いていた。

 

 

てめえみたいなてめえのことしか考えねえクソ上司がクソ仕事振ってくるからこっちのやる気が下がっていくんじゃねえか。

 

 

自分が本を出版してみてわかりますが、本当に誰でもできる。

 

 

出版社から紙の本を出すには若干ハードルは上がるのでしょうか、東大でたとか、人気のアイドルとか、大手企業で成績トップを出した人とかの話題性で本をだしていて、読者が本当に明日から元気に生きていけるかなんてしったこっちゃないわけだ。

 

 

そう言う「なんかすごそう」な人たちの後光を借りた方が説得力が増したように感じることを「ハロー効果」と言う。

 

 

肩書きばっかりすごい駄本が世の中蔓延っているから、自分の中でしっかりツッコミを入れながら鵜呑みにしないで、取り入れられることを取り入れてく、という積み重ねが必要なのではないか。

 

 

そんなことを言っても仕事のやる気が出るわけでもないのだが、響かないものは響かない。